言葉を振るう者
先日リツイートさせていただいた方のツイートについて、マシュマロが届いたので、これをきっかけに少し踏み込んだお話をしたいと思います。
真面目に頑張ってる人も、そういう人を応援するのが好きな気持ちも当然非難されるべきではないのよ。問題は、「観察者の主観でしかない物差しで測られた”努力“」を棍棒のようにして、頑張り以外で評価されている(ように見える)人に対して言葉の暴力を奮うことだよ。
— がと (@D_251gato) 2019年9月13日
わたしはこのツイートに深く共感しました。
ずっともやもやしていた気持ちが、やっと文字になって表れて、飲み込むことができた感覚があって。がとさん(FF外なのに生意気にすみません)が何を元にこのツイートをしたのかはわたしの方では定かではないので、わたしなりのツイートの解釈とそれを通して感じたことをお伝えしますね。
問題は「観察者の主観でしかない物差しで測られた"努力"」を棍棒のようにして、頑張り以外で評価されている(ように見える人)に対して言葉の暴力を振るうことだよ。
この「観察者=ファン」と考えると、これは所謂「アンチ行為」についてのお話に捉えることができると思いました。アンチがいかに的外れな行為であるか、芸能人にもそのファンにもいかに失礼な行為であるか。
がとさんはこの一連の行為について、続けて
真面目に頑張ってる当事者じゃない者がその頑張りを横から掻っ攫って勝手に凶器にするな
という言葉でも表現していらっしゃいますが、この「当事者=本人たち」と捉えると、もっとわかりやすく捉えられるかと思います。
所詮ファンって二次的、三次的にしか本人達に関わることができない。確かにお金を出したり視聴率を上げたりすることに貢献している身ではありますが、それはあなた1人が成し遂げたことではない。ひとりひとりの積み重ねと本人の努力、それ以外にもスタッフの手腕だったりタイミングだったり、他にもいろんな要因があっていろんな事象は発生しているはず。
でも「自分だけのおかげではない」ことはわかってはいても、良い結果が残るとすごく誇りに思えますよね。わたしもキンプリさんたちが歴史に残る記録を打ち立てて行く度に、彼らのことが誇らしいです。ほら見たことか!うちの子たちすごいでしょ!と他の人たちにも自慢して回りたくなります。でも、わたしはそんなことする勇気はないので、紫耀くんよかったね〜頑張った甲斐あったね〜と心の中で問いかけて、こっそりガッツポーズしてます。
でも、それだけじゃ物足りない人たちもいる。嫉妬と憎悪の世界に生きている人たちは、以前誰かから売られた怨みを忘れることなく、みんなで残したはずの輝かしい功績を武器にして、他の人たちを傷つけて回るんです。気持ちはわかるけれど、それをしたら自分で自分の首を絞めつけていることになるじゃない……と思ってしまうんですけどね。
だって結果なんて単純比較できるはずがないんです。経済情勢や物価、時代の流れ。情報化が進むこの現代において、単純に数値だけを見て物事を判断することなんて不可能なはず。そんな簡単に比較できたら誰も苦労しないよ…分からないからこそ面白いし、どんな結果が出ても楽しめるんじゃないか…と思うのです。
だから、自担が残した結果を周りと比較して、それがいかにすごいか示したとしても、それって担当の顔に泥を塗るようなもの。本人は正義感や責任感からそれをしているのかもしれないけれど、いい加減気づいてほしい。お願いだから。
このような「アンチ」行為は、主に嫉妬の対象とされる人に対して行われることが多いように感じます。いわゆる「ゴリ推し」だったり「オキニ」だったり。がとさんの言葉で言えば「頑張り以外で評価されている(ように見える)人」のことですね。
わたしはこういうタイプのアンチを見かけるとある一言が頭の中に浮かびます。
「あなたは彼らの何を知ってるんですか?」
わたしのだいすきな紫耀くんは、ジュニア時代のころから常にこういったタイプのアンチに粘着質に批判されてばかりでした。現在進行形なのかもしれないですけど。そういった背景もあって、この問題に関しては本当に思うところが多い。ただ単にネットの嘘の情報を信じ込んでいるタイプの子から、自分の主観的な考えがいつでも正義であると信じて疑わないタイプの子まで、実にさまざまです。アンチ行為をアンチするつもりはありません。もうだってそれは無限ループだから。わたしはそんな泥沼の争いに足を踏み入れたくはないので。
みんな生きていたら「頑張っている」んです。そんなに頑張っていなくてもアピールが上手な子だっているし、めちゃくちゃ頑張っているけれどそれを表に見せずに影で着実にステップアップしている子もいる。それはただ二次的、三次的に情報を受け取る側からしたら、ただの観察者の目からしたら見えない部分なんです。分かるはずがないし、分からせようとしないことがあの世界の美徳であり、曖昧にすることである一定の人たちによって世の中の流れを牛耳りやすくもさせてしまうトリックでもある。
紫耀くんのファンになって、Twitterのアカウントを作ってたくさんの素敵な出会いがあって、本当にいろんなことを学びました。過去のわたしを知っている方ならご存知の「fleurさん」は、わたしのためのアカウントではなく、平野担の皆さんといろんな情報を共有したい、常に正しく紫耀くんの魅力を伝えたい。そんな一心でJr.時代の紫耀くんを必死で追いかけていた、そんなアカウントでした。
紫耀くんのその素直すぎる性格と言葉は、ときに誤解を生んでしまいがちです。通常ではありえない言葉を組み合わせたりするからこその、衝撃や誤解、矛盾もたくさん生じ得ます。
ファンであるわたしがいくら「この紫耀くんの言葉が素敵!」と思ってツイートしても、何故だか違う意味に捉えられてバズってしまったり、回り回ってアンチ方に悪い意味で引用されてしまったり。すべての人が同じ文章を読んでいるのに、どうしてこうも解釈が異なってしまうのだろうと、思っていることを言葉にするのが怖くなってしまった時期もありました。
言葉というのは、諸刃の剣です。
言葉を伝えるときの表情や前後のつながり、そして話者のバックグラウンド。それを知らない人たちが気軽に、その人の言葉だけを目にすることができてしまう。伝えることと受け取ることの難しさは、きっといくつになっても完全に理解することはできないのだろうと思います。
言葉を振るう者として、正しくあるべき姿とはなんなのか。皆さんはどう考えますか?
ファンの境界線
つい先ほど、マシュマロにてご相談をいただきました。その内容を丸々ここに載せるのはプライバシーに関することかもしれないので、概要だけまとめると
・「迷惑なファン」についてどう思うか
・「迷惑なファン」へのファンサについてどう思うか
という2点。
ここで言う迷惑なファンとは「必要以上に叫んでアピールするファン」であることにします。
わたしは質問者さまのご相談の内容を目にした時、ものすごく胸が痛みました。すごくわかる。わたしにも似たような経験をしたことがあったからです。
2016年のEXシアター、サマステ ジャニーズキングダム Mr.KING公演のある日。忘れもしない、あの日。
なぜならわたしが初めてひとりでコンサートに行った日だったから。
たまたまお友だちに譲ってもらって、どきどきしながらチケットを握りしめて、炎天下の屋上で列に並んでいたのを覚えています。整理番号はだいぶ後半の方でしたが、人並みに流され、だんだんと右に押されていき、気づいた時にはバルコ下にいました。
ふと周りを見渡すと、前方には170cm超えの2人組の女の子が厚底のヒールでそびえ立ち、右側にはカンペを持ったギャル集団、左側にはペンライト数本を片手に持ち生首をぶら下げた量産、後ろにはキャリーケースをそのままもって会場にやってきて、荷物を広げている高校生。誰がみてもわかる、ザ☆地獄絵図でした。
たまたまわたしがたどり着いた場所がバルコの先端のちょうど真下だったらしく、ファンサ厨がひしめき合っていたのです。「迷惑なファン」のテンプレートの詰め合わせを一気にドーン!と見せられて、スニーカーに小さなショルダーバッグという正統スタイルのわたしは一気に萎縮してしまいました。前にそびえ立つ巨人の隙間から背伸びして、やっとステージが見えるような状況。
コンサートが始まってからも、ステージにいる間はモニターを見るしかなくて、セットの階段の上に登ってくれている間だけ、やっとこさ姿がちらちら見える状況。その時はコンサートってそんなもんなんだ、と思っていましたが、今考えてみるとなかなかの過酷さでした。そしてMCが始まると、右側にいたギャル集団が紫耀くんのことを「ゴリラー!」と大声で叫び、それに対して反応した紫耀くんが少し怒ったりしていて。それからギャルたちは「ごめんねー!」とまた叫び返したりしていましたが、その後も彼女たちは全く反省している気配はありませんでした。
それからバルコに何度かKINGやJr.たちが来たのですが、もちろん地獄絵図。叫ぶわ飛び跳ねるわ、ファンサもらったら泣き崩れるわ。
もともとわたしはファンサをもらいたいタイプの人間ではないので、すごく興ざめしてしまいました。みんなあの男の子たちの視界の中に何とか入りたいんだと、そのことしか頭にないんだと。周りの迷惑なんて考えちゃいないんです。押し退けようが、足を踏もうが、ペンライトを頭に当てようがお構いなし。そして目立とうと必死にアピールした子たちの中から、ファンサしてもらえる。棒立ちで見上げているだけだったら、彼らの視界には入れないから。様子を見ていた子たちも、終盤のファンサコーナーではみんな必死にアピールしていました。
公演後、紫耀くんが歌い踊る姿をみてものすごく充実感があったのと同時に、とても虚しい気持ちが心に残りました。わたしはやっぱりジャニーズのファンをするには向いてないんじゃないかとも思いました。
マシュマロの相談にもあった質問者さまのエピソードも、あらかたこんな感じのものでした。(全然ちがったらごめんなさい!)そして質問者さま自身も、わたしのように紫耀くんが笑って、歌って踊っている姿を見るのがただひたすら好きな方なんだと思います。
虚しいし、悲しいですよね。だってこっちは何も悪いことなんてしていないし、むしろ迷惑を被っているのに。なのにそんな人に対して、どうしてファンサしてしまうのか。大好きな人がファンサをしている姿は好きだけれど、同じファンであるにしろ、ルールを破っているその人たちが喜ぶようなことをどうしてするのか。そんな疑問が浮かぶのは当然のことだと思います。
でも、すこし別の目線で考えてみてほしい。
もし自分が、アイドルとしてステージに立ち、たくさんのお客さんに幸せを与える立場だったら。もちろん、会場に来ていた全てのお客さんを幸せにしたいと思うでしょう。それがすべてを円滑に進めるための方法であり、アイドルとしてあるべき姿だから。
普段触れ合うことができなくて、いつも距離を感じているとファンに言われる。自分だって人間だし、みんな同じ時間を生きているのに。そんなみんなの不安を晴らしたいという気持ちが、わたしなら浮かぶと思う。だって、本当の自分の姿をもっとよく知ってもらいたいし、もっと自分のことを好きになってもらいたい。
そして、ファンに寄り添っていることを伝えられるのは、ファンサという形になるのも無理はない。ファンがアイドルに近づけた、と思うように、ファンの期待に応えることで、アイドルもファンとの距離が近づき、幸せを与えることができた、と思える一番の近道だから。
でも、その時間はごく限られている。イヤモニでスタッフの指示を聞きながら、音楽にのせて歌いながら。人々の視線の中を駆け抜けながら、360度どの方向にもいるファンを幸せにしなければならない。わたしだったら、絶対に全員を幸せにできると、断言する自信はない。だって冷静に考えてみたら、できるはずがない。
一瞬しか眺められないそのブロックの中で、目立とうとしている人たちの間にいる、ルールを守っているあなただけに、確実にファンサをする余裕は誰にもないと思う。だって視界にすら入っていないかもしれないから。ステージの彼らからしたら、見えている景色すべての人たちを幸せにできたと思ってしまうかもしれない。
現実的ではないと分かってはいるけど、そうしたい、そうでありたいと信じているのが今の彼らなんだとわたしは思っています。
もともと、彼らがJr.時代コンサートの現場としていたのは1000〜2000人規模が主で、1万人規模のアリーナで単独公演をしたのはデビューコンサートが初めて。600人規模のシアタークリエで生まれ、そこを基盤にファンと触れ合ってきた彼らにとって、ファンサがファンとの距離を縮めるための主な手段になってしまうのは、仕方ないことなのかもしれない。
仕方ないじゃないよ、ふざけんな。その場所にいる人たちが、全員同じお金を払って彼らと共に過ごす「時間」を買っている以上、不平等があってはならない。プロ意識が足りなすぎるのではないか。
そういう意見もあって当然だと思います。すごく真っ当だと思うし、それこそ今の彼らの課題であると、わたしは強く感じています。
だからこそ、彼らはその課題に対して真摯に向き合う必要があると思うし、ファンサとは違う別の形で多くの人を幸せにする方法を考えなければいけない、とも思います。これからドームを目指すアイドルとして、ファンとの関わり方をもう少し変えていかなければならない。
正直「迷惑なファン」というのは、どこに行ってもいます。迷惑なファンがもたらした数多くのエピソードは、あらゆるグループのコンサート期間中よく耳にします。それに、3年前にわたしが経験したようなことを、質問者さまが経験してしまっている時点で、何も変わっちゃいないんです。デビューしたばかりで新規が多いからとか、そういう問題じゃない。ずっとずっと昔から、すべてのグループが根底に抱える課題なんです。
じゃあ、その虚しさをどこにぶつければいいのか。
大好きな紫耀くんの顔をみるだけでその時の嫌な思い出が浮かんでしまうのなら、わたしは逃げたっていいと思います。紫耀くんと一度距離をとったっていいと思う。そうすることで誰もあなたを責めないし、バチが当たるわけじゃない。そしてやっぱりどうしても好きだ、会いたい、という気持ちが止まらなくなれば、またファンに戻ったっていいと思います。ずっと好きで、ファンでい続けることは全然義務じゃない。
わたしは紫耀くんのことをどうしても嫌いになりたくないので、というか嫌いになろうとしたところで、なれるわけがないと分かりきっているので。紫耀くんが悪者にならない理由を考えます。
紫耀くんは集合体恐怖症だから、一人ひとりのファンの顔をみてファンサすると公言しています。今回の公演ではたまたま、紫耀くんの視界に入れなかったのかもしれない。じゃあ次会ったとき見てもらえるように、自分磨きを頑張ってみようとか。
そしてそこで、あなたが出会った「迷惑なファン」のような存在にならないようにしなきゃいけない。これはとても覚悟と信念が必要だし、はっきり言って慈善活動です。この世は不条理ですから、良いことをする人が不幸を被ることもたくさんあります。でも「彼らにとっても良く、自分にとっても心地よいことをすること」を当たり前にすることで、あなたにきっと何かしらの形で良いことが回り回って訪れるのだと、わたしは信じています。それこそが「徳を積む」ということなのだと。
そうするために、わたしは「期待しすぎないこと」が重要だと思います。あらゆることに対して、期待しすぎない。でもそれは決して「諦める」ことではない。
自分の価値観のハードルを少しだけ下げてみるんです。そうすることで、落胆したり失望したりすることは格段に減る。どうしてただの娯楽なんかのためにそんな努力をしなきゃいけないのか、と思う人もいるかもしれないけど、そうすることで生きやすくなると思う。わたしはいつも、そうやって過ごしています。
そして、キンプリはいまとても忙しい時期にあります。それぞれが映画ドラマ舞台と、それぞれの個人仕事を抱えながら、アルバムを提げて全国ツアーを周り、新曲のPRも行なっています。みんなレポやなんかではわざわざ言葉にしないけれど、きっと日々の疲れやストレスも計り知れないほどあるでしょう。そんな中で、目の前にいるひとりのファンを幸せにできなかったことは、彼らの責任なのかもしれません。でもどうか、彼らだけを責めないであげてほしい。
とんでもないほどの期待を背負わされ、限りなく高いハードルを用意されている彼らですが、実はまだまだ2年目のひよっこです。それは彼ら自身だって強く感じていることかもしれない。そんな彼らを、どうか、温かく見守ってあげてください。まだまだだなって笑って、受け止めてあげてください。
そしてもうひとつ、覚えておかなければいけないのは「迷惑なファン」は誰にでもなり得るということ。
現在、あらゆるファンの迷惑な行動が問題にされていますが、それらが他人事ではないことをすべての人が自覚すること。「迷惑なファン」がすべてやったことかもしれないけど、二度目三度目が起こらないようにするためには、あなた自身、わたし自身を含めたすべての人の理解と意識の改革が必要です。
自分の大好きな人たちが悲しむ顔を見せないために、自分が今できることはなんなのか。当事者が主体的に考えることで、快適でしあわせな空間を作ることができるのだと、わたしは信じています。
性善説に生きる、自担に甘々なファンの綴る意見で申し訳ありません。でも、今のわたしに言えることはこれくらいです。
質問者さまが、また幸せな出来事に巡り会えることをひたすら心から祈っております。
紡がれた言葉を宝箱にしまって
わたしは、紫耀くんの「言葉」が好きだ。
「言葉」というのはもちろん、ネットニュースのタイトルになったり、番宣CMで使われるような紫耀くんの「天然発言」も含まれるんだけど、わたしはその中でも雑誌のインタビューや対談なんかで紫耀くんがぽろっとこぼす「本音っぽい言葉」とか、そこから垣間見える「感性」がとても好きだ。
紫耀くんの言葉選びというのはとてもおもしろくて(funnyというよりinterestingの意)、頭の中の引き出しの中に語彙たちがざっくりと区分けはされているんだけど、整理の仕方やそれらをピックアップするセンス、そしてその繋ぎ合わせ方がとても独特だ。しかもそれはとても脈絡がなく適当なように見えて、よくよく考えてみたらちゃんと筋が通っていたりする。「その表現、ちょっと変だけど…でもなんか分かる気がする」っていう、その感じ。そしてそのうち、紫耀くんなりの思考の道筋がぼんやり見えてくるようになる。あらゆるところに散りばめられたそのピースを拾い集めて、「平野紫耀」という人間が自分の中で少しずつ象られていくその時間が、とてつもなくすきだったりする。
まあそれはあくまでも、想像の範囲なんだけど。
CDデビューが決まって、出演作品の番宣でバラエティ番組に出させていただいたときの紫耀くんの発言は、世間をいい意味でざわつかせた。忘れかけていたけど、紫耀くんは異次元すぎる思考回路の持ち主だったのだ。
わたしはもうすっかり紫耀くんの言葉選びの虜なので、あっここがこうなってこう繋がったんだな〜とかなんとなくは理解できるようになった気がするけど、初めて紫耀くんの言葉選びの世界に触れる人からしたら「なんじゃこいつ!?」ってなるよね。そうだった。わたしも紫耀くんに出会った頃はそう思ってた。
わたしが紫耀くんを好きになったきっかけ。
思い返せば、明確に気になりはじめたのは、2013年12月22日放送のまいど!ジャ〜ニィ〜での紫耀くんのこの発言だったかもしれない。
「入場無料の場所があるじゃないですか、展覧会とか。人をタダで入れてあげて、努力して…タダで入れてあげるんですよ!?中に!」
西畑「ありがたいなあ」
「そう!そう!なんて言うんでしょう…その…」
金内「器のでかさというかね」
「そう!思いやりというか、そういうのに惚れましたね」
ゲストだった野々すみ花さんも、紫耀くんのこのぶっ飛んだ理論にだいぶ驚かれていたのを覚えている。紫耀くんは自分で「しょうもないこと」という前置きをしてから、この話をしていたけれど。
当時の紫耀くんは今ほど語彙がなかったような気がするので、周りのみんなにフォローされながら、そうそうそうそう!と連呼して、みんなにツッコまれながら、ふにゃんと微笑んでいた、そんなイメージ。
拙い言葉選びではあったけど、その心意気は十分伝わってきて。わたしは、紫耀くんのこの言葉にめちゃめちゃ心を動かされてしまった。意味わからないけれど、めちゃくちゃわかるのだ。なんだこの感覚。なんの味かわからないけれど、今まで食べてきた中で一番美味しいものを口にした時みたいな、そんな感動を覚えた。
たしかに、作品を置いてるだけだからとか、無名の芸術家だからとか。現実的に考えてみれば、それらしい理由を見つけることはいくらでも可能だ。
でも、入場無料とはいえそこで働いてる人は絶対にいるはずで。その人の生活やそこにかけた時間もあるはずなのに。作品の魅力を世の中に伝えるために、無償で開放してるなんてすごい、という思考に至って。そこに感動を覚える紫耀くんはとても素敵だと思った。なんてロマンチストで、性根の温かい人なんだと。
ところで、紫耀くんはこのとき弱冠17歳。
エンターテイメントの世界に生きる人間として、あまりにも出来すぎていやしないだろうか。
身近に自分のために働いているスタッフさんを見たり、自分も表現者の側に立っている存在であるからこその視点なのかもしれない。それでも、そこから覗く紫耀くんの人間としての余裕とか、置かれている環境が当たり前ではないことを自覚して感謝を忘れないところとか。
直感的に、この人は只者ではないと思った。それまではちょっと変わった子だなとしか思ってなかったけど、この言葉をきっかけに紫耀くんへの見方は180度変わったと言っても過言ではない。
メンバーをひとことで表すと?
アイドル誌やなんかに、よくありそうで意外とないこの質問。わたしは、この「ひとことで」という制限がつくと、紫耀くんの感性の扉が全開になるのを知っている。なんというか、ものすごく世界観が独特なのだ。説明するより読んでもらった方が早いと思うので、その一部をこれから少しだけ引用してみたいと思う。
[岩橋玄樹]
玄樹はブランコ。誰かが押さなくても、風にゆらゆら揺れながら自由に過ごしてる感じがいいよね。無理して喋らなくても気まずくならない関係だから一緒にいてすごく楽。これからもそのままの玄樹でいて!
[神宮寺勇太]
夜中に真っ暗な道を走ってるときに自動販売機を見つけるとめちゃくちゃホッとするでしょ。それと同じで、ジンは一緒にいるだけですごく安心できる存在。いつもオレにぬくもりを与えてくれる人なんです。
[岸優太]
岸くんは針金。面白かったりかっこよかったりと、どんな形にでも自由に曲がることができるマルチな才能の持ち主。若干先の方がボケすぎてサビてきてる気もするけど(笑)そんな万能な岸くんが魅力的!(POTATO 2016年8月号)
おわかりいただけただろうか。
紫耀くんのこの独特な世界観。ひとことで、だったら「明るい人」とか「落ち着きがある」とか。形容詞でいくらでも表現できるのに、身近なものに例えて言葉を選んでくれる。
紫耀くんにしかわからない、紫耀くんからみた世界。
でも、たしかに抽象的にぐだっと説明されるよりも、紫耀くんみたいに「僕は彼のことをこういう存在だと思ってるんだよね〜」って具体例を用いて伝えてくれた方が、感覚として伝わりやすい気はする。伝わりやすい…ですよね?ね?
ちなみに個人的には、神宮寺くんの説明が一番好み。紫耀くんにとっての自販機の定義がなかなか個性的でわりと衝撃だった。車が大好きだった頃だから夜道を走ってるときの設定なんでしょうね。
続いて、紫耀くんが愛してやまない、この方。
[髙橋海人]
根元があれば、必ず毛先がある。俺がいれば、海人がいる。髪を染めれば、毛先が痛む。海人をいじめれば、心が痛む。(TVガイド 2018年12月7日号)
まさか、毛先に例えるなんてことあります?
人やものを毛先に例える人なんて、初めてみた。髪のこと気にしてた時期だったのかな。未だに紫耀くんのさらっさらの猫っ毛をみると、紫耀くんのこの名言を思い出します。かいちゃん大事にされてるね。
あと、これはものすごくポエミーなので好き。俺と海人が一本の髪の毛になっているところも、根元が紫耀くんで毛先がかいちゃんなところも。海人をいじめるのがテンプレートになってるところも、全部が紫耀と海人の関係を示しているみたいで、最高です。
もう一度言います。最高です。
[永瀬廉]
廉はキョトンとしたチワワ。廉のかわいいところは、俺だけじゃないんだけど、人と喋ってて本心をつかれたら、目に見えて焦るところ(笑)よくその姿を見るし、わかりやすい。かわいいっていうかおもしろい。(TV fan CROSS vol.29)
さて、みなさま。紫耀くんのさりげないマウンティングにお気づきだろうか。
俺は廉のこんなかわいいところ知ってんねんで?みんな知らんやろ?こんな廉、とでも言いたそうな言いまわし(当方だいぶフィルターがかかっています)チワワ、じゃなくて「キョトンとした」チワワ、なところが肝ですね。
わかりやすいところがかわいいって言えよー!おもしろいとかわざわざ言い直さなくていいよー!お前ら最高かよー!ずっとそのままでいてくれー!
取り乱しました。
ちなみに廉くんは紫耀くんのことを「ポメラニアン」だと思ってるらしいです(同誌より)ふたりとも小型犬なの可愛すぎて、尊すぎて死ぬ。
紫耀くんと5人の関係、それぞれに特筆すべきことがありすぎてまとまらなくなってしまいそうなので、もし言いたくて仕方なくなった時はまたまとめます。いつかね、いつかやります。たぶん。
紫耀くんにとって「愛」とは
突然、壮大なテーマですが。
でもまずこのテキストを読んでください。必修なので必ず読んでください。
なんだろうなぁ?……画用紙……かなぁ?真っ白の。だって、たぶん、最初から愛を与えられる人なんて誰もいないじゃないですか。愛は、誰かからもらってこそ、誰かに与えることができるようになると思うんです。愛を与えられたというベースがあってこそ、というか。だから、真っ白い画用紙に、おたがいの愛という名の絵を描きあげていくイメージというか。で、時にはその人の色に染めてもらって……。そうやって、その人との関係が成り立っていくのだと思うんです。(ポポロ 2019年6月号)
初めてこの文章を目にした時「紫耀くんは哲学だ」と本気で、心の底から思った。前世はギリシャ時代の有名な哲学者ですか?
それくらい、紫耀くんは世の中の真理を、ものごとの核をズドンと捉えていることがある。その審美眼ですべてを暴いてしまうような、鋭さと恐ろしさ。
「愛は与えられるのではなく、与えるものだ」ということを、彼はもう知っている。
その事実が、紫耀くんがアイドルである意義を示してくれるし、彼がこれまでの激動の人生の中で学んだことを表現してくれている。幼い頃から清濁併せ呑んで育ってきた紫耀くんだからこそ、伝えられる説得力がある。
釣りをした時にふと考えたこと。
釣り糸って丈夫ではあるんだけど、大物相手だと切れちゃうこともある。つまり、愛が大きければ大きすぎるほど、自分が手にした瞬間に重さに気づいて、耐えられずにブチっと切れちゃうかもしれない。自分の糸も、相手の糸も、切れないように思いやりたいよね。
紫耀くんが、普段の生活の中で「あ、これってもしかしてこういうことかな。これとこれは似てるところがある」って思いながら生きているって。わあ、平野紫耀は生きているし、同じ世界線に生きる人間なんだって、改めて感じることができるから、わたしはこのテキストをとても気に入っている。
愛は釣り糸。
なんかの雑誌のコラムだったら、絶対に太文字ゴシック体で書かれてるやつ。
紫耀くんのみている世界は、いつも広い。
とても視野が広いうえに、国境や人類を飛び越えてものごとを繋げて考えることができる柔軟性を持っているから、ときにその表現は突飛なところから浮かんでくる。
でも、その意図を咀嚼すれば「なんかちょっとわかる」という共感が生まれる。アウトプットの回路が常人ではないだけで、ものごとを感じ取る感覚が人より繊細なだけで。紫耀くんは、いたって普通の成人男性だ。
そういう意味で、紫耀くんはとても哲学的な面も持ち合わせている。紫耀くんから発せられる言葉は、とても多角的なのだ。読み方によって、如何様にも捉えられる。すべてありのままに伝えようとはするけど、その思想を決して押しつけたりはしない。常に、そこに余白や余韻を持たせて、より深く考えさせてくれる。
でも、だからこそ誤解されやすいとも言える。その行間を悪意の下で勝手に解釈し、それを批判に用いられるのを見かけると、わたしは腹の底からふつふつと煮えたぎるような憤りを感じてしまう。嘘つきだとか驕ってるだとか、ナイフでバラバラに切り刻んで都合のいいように並べ替えて、その時系列もちぐはぐなものを繋いだ鋭利な武器で、紫耀くんを傷つけようとする人たち。そういう層が一定数存在することは悲しいけど、紫耀くんはそのこともきちんと把握しているだろうと思う。
知っているからこそ、わざわざ言及しないこともあるし、言わなきゃいけないと思ったらちゃんと口にして、言葉で伝えてくれる。
もっとも、最近は、そんなことも紫耀くん本人の口から言わなきゃいけないのか…と虚しい気持ちになることもあるけど。でも、まだこうやってひとつひとつ指摘してくれるだけ紫耀くんは優しいとも思う。優しすぎるくらいに、やさしい。だって、呆れて、求められなくなってしまったら、それこそ本当の終わりだから。
紫耀くんはまだ、わたしたちを信じようとしてしてくれている。魂を削りながら、息の詰まるような忙しい毎日を過ごしながら。そしてものすごくラフに、その愛を伝えてくれる。
そんなわたしが紫耀くんに出来ることは、紫耀くんの口から直接聞いた言葉と、公式に発せられている言葉を信じる、ということだけだと思う。それすらも、時には編集者の意図を伝えやすいように変えられてしまっている場合もあるから、適度に。深く考えすぎないことが必要ではあるけれど。
話が少しずれてしまったけど、結局のところ、デビューする前もした後も、紫耀くんの人生にはさまざまな人が関わっていることに変わりはない。その人たちの存在なしには今の紫耀くんは形成されていないし、だからこそ、紫耀くんは身の回りの人に対して感謝を忘れない。
それに、大切にしているからこそ、語りたくないことだってたくさんあるだろう。自分の影響力を理解したうえで、言うべきことと言わなくていいことをすごくよく考えて、表現している。そしてそれは決して、嘘をついているわけではないことを、心に刻んでおく必要がある。
「行間を読む」ことは、誰にでもできる。
そしてその作業を通して垣間見れる、紫耀くんの素顔のようなものは、好きになればなるほど気になってしまうものだ。しかも、自分のいいように解釈してしまうことがあるのは好きであるが故の当然のことかもしれない。でもそれがまわりまわって紫耀くんを悲しませたり、傷つけるものになることは、おそらく紫耀くんの本意ではない。
いつだって紫耀くんは、象徴的な存在でいてくれる。でもそれはアイドル・俳優・歌手、いろんな顔を持つ紫耀くんにとって、求められたことに対してごく忠実に、できる限り嘘のないように対応してくれているだけだ。あくまで、ジャニーズ事務所のKing & Princeのいちメンバーとして。「アイドル・平野紫耀」として、あるべき姿を見せてくれているだけなのだ。
だからどうか、紫耀くんがもう二度と言葉に傷つけられることがありませんように。
紫耀くんの周りを取り囲む世界が、常に柔らかく、そして温もりをもったものでありますように。
それだけを祈って、今日もわたしは、わたしなりに。紫耀くんが与えてくれる「行間」を読む。大切に、やさしく、紫耀くんの中で紡がれた言葉を、宝箱にしまって。
いまだからこそ、わかること
本当に、目まぐるしい1年だった。
思えば、2016年あたりからずっとそんなことを言っていたような気がするけど、デビューしてからのこの1年は、ジャニーズJr.だった頃とは比べ物にならないほど、とにかく目まぐるしかった。
紫耀くんは「周りにいる大人の数が尋常じゃなく増えた」と言っていたけれど、そう言われるのも納得するくらい紫耀くんはこの1年ずっと目まぐるしく働いていたし、そしてそれに比例して彼を取り巻く世界も目まぐるしく変化していった。
紫耀くんはきっとこれまでと同じように、それかこれまで以上のスピードと集中力で目の前のお仕事を淡々とこなしていた。並大抵の努力では達成しきれないほどのことを、まるで当たり前のことを成し遂げるみたいに、ごく淡々と。坂道で立ち止まって見える景色を眺めることなく、ぐんぐん上へ駆け上っていった。
特に紫耀くんが「人生で1番忙しかった」とのちに語っていた2〜6月にかけては、ドラマ「花のち晴れ」の撮影と映画「honey」の宣伝、音楽番組の出演、First Concertのリハーサル、雑誌・バラエティー番組の撮影、ドキュメンタリー番組の密着。その全貌をすべて把握したのはもっと後のことだったけれど、そのすべてが同時進行で進められていたことや、普通では考えられないほどの仕事を与えられていたことに正直戸惑った。それ以降も次々と来るバラエティー番組のゲスト出演や雑誌の掲載のお知らせに、恐怖さえも覚えてしまっていた。それでも紫耀くんからは、全てのお仕事にとても真摯に向き合っているのがすごく伝わってきたし、与えられた今の状況が当たり前のことではないことに常に感謝して、弱音を吐くことだって一度もなかった。
紫耀くんがまだジャニーズJr.で、Mr.KINGだった頃。最年少初座長、初のCM出演、主演映画2作の出演決定。ジャニーズJr.として、輝かしい功績をたくさん残した。
でもずっと苦しかった。紫耀くんに新しいお仕事が決まる度に、胸の底の黒い塊が鉛のように重さを増していって、心が詰まるような息苦しさを感じていた。贅沢な悩みだってことは十分わかっていたし、紫耀くんに対しても、そして紫耀くんの周りで頑張っているいろんな人たちにも失礼なことはわかっていた。でも、紫耀くんが魂を削って、体をボロボロにしてまでも頑張っているのに、「ジャニーズJr.」という肩書きが外れることはなく、目指す光が一向に見えないことがずっと悲しかった。紫耀くんが頑張ってくれているなら何か結果を残してあげたかったし、周囲の期待に応えなければと、ファンとしてできる限りのことはたくさんしていたつもりだった。そして今度こそは、と節目を迎える度に期待して、落胆する日々を繰り返した。
そんな中でも、紫耀くんはいつも変わらない笑顔を見せてくれたし、堂々とした姿しか見せなかった。紫耀くんだって苦しくて辛いはずなのに、弱音を絶対に吐かずに冷たく強い風に真正面からさらされながらも、後ろについていくわたしたちに、決して揺らぐことのないたくましい背中を見せてくれていたし、常に堂々として、そしてゆるく微笑んで、いつでも優しく手を差しのべてくれていた。
そして、2018年1月17日。
紫耀くんが、自らその閉鎖された世界を壊そうと決心していたことを知った。とんでもない野心と覚悟をもって、自分が最も信頼できる仲間を引き連れて新しい世界へ飛び出していくことを。そしてその夢が実現されたのと同じタイミングで、「僕が主犯です」と紫耀くんが自ら発言したことを知った。
その時から、周囲の人たちの紫耀くんに対する目は明らかに変わっていった。それまでは「ジャニーズJr.」として一括りではあったしユニットも存在していたけれど、いつどうなるかわからない個人戦だった時代が終わりを迎えた。「ライバル」だと思っていた人たちが、未来を共にする「仲間」になって、紫耀くんを誇らしく思ってくれるようになった。
多くの人が感謝し祝福してくれる中で、わたしはそのことがなぜかずっと悲しかった。紫耀くんが自分を傷つけるような言葉で、まるですべての責任を負うみたいにして言った言葉で、あらゆる人を救おうとしたことが、どうしようもなく悲しかった。世界で一番幸せになってほしいと願った人が、何か一番大切なものを犠牲にしているのではないかと勝手に想像したりした。もしかして紫耀くんにとって「本当に叶えたい夢」を叶えることは、この先ずっと、紫耀くんに重い十字架を背負わせてしまうことなのではないかと。
その一方で、時間が経つにつれて、今までずっと感じていた閉塞感とか息苦しさとか、あの鉛のように重苦しく胸に沈殿していた黒い塊は、ぽろぽろと崩れ去って綺麗に昇華していった。その1番の要因は、紫耀くんの表情がまるで憑き物が取れたかのように晴れやかになり、笑顔が見違えるほど増えたことにある。
デビュー発表会見の場で隣に立つ岸くんの言葉に笑い崩れた紫耀くんのあの時の表情を、わたしは一生忘れることはないと思う。あの小さなお顔にしわがたくさん入るくしゃくしゃの笑顔を、雑誌ではなくテレビの画面越しに見れたのは、本当に数年振りのことだった。それくらい、何かを背負うようになった紫耀くんはいつも笑顔の裏に張り詰めた緊張感を携えていたように思う。
そして、紫耀くんは本当にあらゆる場所や人々の心に「爪痕」を残してくれた。そしてそれらが話題に話題を呼んで、世間にその波紋をどんどん広げていった。今まで「平野紫耀」という名前の読み方すら知らなかった人たちが、紫耀くんの顔を覚え、声を聞き、歌を聴き、言葉を聞いてくれた。いつも見ていた番組に紫耀くんが出演して、共演者の方にたくさん褒められたり驚かれたりしている世界が、不思議で仕方なかった。そして紫耀くんが入り口となって、King & Princeのことを知ってくれる人が増え、紫耀くんのことを認めてくれる人も増えた。そこでわたし自身もやっと「仲間」のこともちゃんと考えることができるようになった。
King & Prince First Concert Tour 2018。
1年半ほど前に同じ横浜アリーナという舞台に、今にも儚く壊れそうな光を放っていた人物とは思えないほど、紫耀くんはすごく軽やかに煌めいていた。こんなに心の底から楽しそうな紫耀くんを見たのは初めてと言っても過言ではないと思う。全力でステージを駆け回り、笑顔と幸せを振りまく紫耀くんのことをとてつもなく愛おしく思った。そして、自分が参加できた公演が終わったあとも、各公演のMCやED挨拶のレポを読んでは泣いた。
だって、ずっとこんな未来があればいいなと思っていた瞬間が、こんなにも早く訪れるなんて思っていなかった。紫耀くんが大好きな人たちと楽しそうに笑いあって、ファンに向けて温かくて優しい、重すぎるくらいに愛に溢れた言葉をかけてくれることが、いつか醒めてしまうかもしれない夢のように信じられなかった。そして、紫耀くんをまだこの先もずっと応援できることを約束されていることが、本当に心の底からうれしかった。
そしてつい先日千穐楽を迎えたJOHNNYS' King & Prince IsLAND。
それまでの紫耀くんは2016年に初座長を務めたJOHNNYS' Future Worldからずっと、IsLANDシリーズの中心的存在だった。IsLANDシリーズになってからというもの「ジャニーズJr.全員が主役」という名目のもと、紫耀くんが実質的な座長だった。フライングの数も習得するべき技もセリフの量も、ほかのJr.と桁違いに多かった。公演の内容もシリーズを重ねるごとにより現実味が増していき、フィクションとノンフィクションを織り交ぜたようなセリフや展開が多くなった。帝国劇場の0番に立つ者の責任からか、紫耀くんの表情から笑顔が消えていった。
そんな経緯を経て、King & Princeとしてデビュー後初の帝国劇場での座長公演。その内容の明るさにとても驚いた。そしてこれまで紫耀くんが1人ですべてこなしていた役割が、少しずつ後輩に継承され、King & Princeのメンバー内にも分け与えられていたことにも、時代の移ろいを感じた。そこで改めて紫耀くんの舞台上での表情の豊かさを目の当たりにして、これまで紫耀くんが背負ってきたものの果てしない大きさと重さを知った。
(本当の夢を叶えたいと考えたとき)1人よりも3人の方がいいし、3人よりも6人の方がいい。6人が仲よくてやりやすいから、ということじゃなく、遠い将来のことも含めて、安心して長続きできるようなグループ、と考えたら、みんな、この6人だと確信したんです。(平野紫耀の天然生活 vol.9)
今なら、この言葉の意味と重みを理解できる。
決して仲良しこよしでこの未来を選んだわけじゃない。みんなで人生を預けあって、より多くの人を幸せに導くために、紫耀くんはこの道を進むことを決めたんだろう。いつまでも自分のエゴに縋り付いて勝手に悲しくなっていたわたしより、紫耀くんは確実に大人だった。そして彼らの絆はいつのまにか、わたしたちが知っていたよりもおそらく確実に強固なものになっていた。
紫耀くんは守りたがり屋さんだから、きっとこの先もすべてを語ってくれることはないと思う。何か大切なものを守るために、一生、優しい嘘をつき続けることができてしまう人だと思う。だからこそ、わたしは紫耀くんが見せてくれる限りの「平野紫耀」のありのままにずっと騙され続けていたい。
紫耀くんも、他のメンバーも、いろんなグループやユニットを経て、未来への約束を誓った仲間たちと出会いと別れを繰り返してきた。それは決して色褪せることのない思い出であることに変わりはないし、いつまでもわたしの心の中からも消えることはない。
それに、過去を振り返ることはいつだってできるけど、目の前の何かを乗り越えることや、今周りに広がっている景色を見ることは、ほんの一瞬の「今」しかできない。
いつ、明日が来なくなるかもわからないから、思い立ったらすぐ行動したい!究極、いつ死んでも後悔はないって思えるくらい、常に楽しい人生を送りたい!(平野紫耀の天然生活 vol.17)
苦しくてどうしようもないことも、幸せを噛み締めることも、そして前に進み続けることも、ぜんぶ。人生で生きていく上で大切なことも、ぜんぶ紫耀くんに教えてもらった。紫耀くんに出会わなければ絶対に知らなかった気持ちや経験も、そして大切な友達もたくさんできた。「ありがとう」や「大好き」では伝えきれない想いが本当にたくさんありすぎて、言葉にすることすらできない。
21歳の紫耀くん、本当にお疲れさまでした。
そして22歳の紫耀くん、これからよろしくね。紫耀くんの笑顔がひとつでもたくさん見れるような、幸せでハッピーな1年となりますように。
世界で1番愛おしくて大切なあなたへ。
誕生日おめでとう。そして、生まれてきてくれて、アイドルでいてくれてありがとう。ずっとずっと応援しています。
KINGステーションロケ地まとめ〜グルメ編〜
はじめまして、fleurと申します。
だいぶ昔に、ブログを開設したい!と思ってアカウントをつくったはいいものの、なにを投稿すればいいのかわからず放置状態だったはてブロさんをはじめて!ここで!活用してみたいと思います(笑)
そこで!KINGステーション全9回の中で番組内で紹介されたグルメのメニューをまとめてみました!!!!!!(暇人か)
東京に遊びに行く際や、現場後のご飯会などのお店選びの際にぜひ参考にしていただけたら暇人冥利につきます……!
それでは〜KINGのおすすめをチェッKING〜(ㅍ_ㅍ)(∂ω∂)(・♢・)!!!
[7/1 O.A.]
ICE MONSTERこの夏おすすめのかき氷&アイスクリーム
ICE MONSTER JAPAN
住所:東京都渋谷区神宮前6-3-7
❤️永瀬廉くんおすすめ
杏仁かき氷 ¥1220
(表参道・大阪店限定)
💛髙橋海人くんおすすめ
イチゴソフトクリーム ¥550
(表参道店限定)
💙平野紫耀くんおすすめ
マンゴーかき氷 ¥1550
[7/8 O.A.]
(今回はグルメ編のみ)
プールの東京サマーランド!屋外・屋内・流れるプールの遊園地!
・八王子ラーメン ¥800(ドリアン)
・スライダーカレー ¥1000(ココロコ)
[7/15 O.A.]
(今回はグルメ編のみ)
テレビ朝日 六本木ヒルズ夏祭り SUMMER STATION
テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION|テレビ朝日
住所:東京都港区六本木6-9-1
※2017/7/15〜2017/8/27の期間限定開催
❤️永瀬廉くんおすすめ
ドラえもん ミルクランド北海道(アトリウム7F)
・ソフトクリーム3地域の食べ比べセット ¥350 (1日先着100個限定)
※廉くん→十勝、紫耀くん→根室・釧路、海人くん→オホーツク
[7/29 O.A.]
夏の暑さを吹きとばすオススメ激辛グルメ
💛髙橋海人くんおすすめ
旨・辛・DINING 赤い壺
旨辛ダイニング 赤い壺 の公式ページは移動しました。http://www.akaitsubo.tokyo/ 辛い鍋 辛鍋 激辛料理 忘年会 渋谷 チーズタッカルビ 飲み放題
住所:東京都港区北青山3-5-9 レイカーズ青山B1F〈表参道〉
・唐辛子山盛りペペロンチーノペンネ ¥1134
💙平野紫耀くんおすすめ
博多焼肉 玄風館 龍
住所:東京都渋谷区恵比寿南1-4-7 シェルブルー恵比寿南4F〈恵比寿〉
・ 厚切りリブロースステーキ焼きすき ¥4294(サービス料含む)
※辛さは2段階を食レポ済み
❤️永瀬廉くんおすすめ
BLUES'S KITCHEN
住所:東京都港区六本木4-5-8 1F
・ゴロゴロチキンのスパイシーカレー ¥1400(サービス料含む)
[8/5 O.A.]
この夏絶対食べるべきおすすめ餃子
❤️永瀬廉くんおすすめ
餃子坊 猪八戒
住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷南3-37-5
・華餃子 ¥580
💛髙橋海人くんおすすめ
炊き餃子と唐揚げ とき家
住所:東京都目黒区鷹番3-3-5 バーテンビルB1F〈学芸大学〉
・炊き餃子 ¥950
💙平野紫耀くんおすすめ
GYOZA SHACK
・粗挽きビーフ餃子 ¥626
※ニンニクオイルをかけて食レポ済み
[8/26 O.A.]
この夏溜まった疲れを吹きとばす至高の癒し
大江戸温泉物語 浦安万華郷
住所:千葉県浦安市日の出7-3-12
❤️永瀬廉くんおすすめ
・スノーアイス いちごみるく ¥580(老上海)
💛髙橋海人くんおすすめ
・スノーアイス マンゴーみるく ¥580(老上海)
💙平野紫耀くんおすすめ
・スノーアイス 黒蜜きなこ ¥580(老上海)
⚠︎このブログに掲載したメニューの値段は番組で紹介されたときの値段ですので、もしお店に行く際は、公式サイト等から改めてご自分でご確認くださいませ。お店についてのご質問はブログに書いていること以上のことはわたしにはお答えできかねますので、予めご了承をお願い致します。
それでは、またどこかで❤︎